最強至高の軍艦・開陽丸を拝みに江差まで足を伸ばす 〜函館幕末巡りの旅4

公開日:2006/05/08 更新日:2018/04/21

幕末の日本、いや、アジアにおいて最強至高の軍艦だった開陽丸。当時のイギリスやアメリカ産のものと比べても引けを取りません。江戸幕府がオランダに製造を依頼し、同時に海軍強化を担う留学生まで派遣されたといいます。

そんな開陽丸でしたが、なんと戦闘前に嵐で沈んだのでした。総裁の榎本武揚をはじめ、土方歳三や大鳥圭介ならびに幹部関係者は声をそろえ、
 
うそぉん
 
と唸ったに違いないでしょう。
こうした史実を振り返ると、私たち現代人が開陽丸を黄泉がえらせたいと願うのも至極当然。再現するのに13億5000万円かかったらしいですが、よくぞご決断いただきました。

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圧巻の存在感!さすがは開陽丸。わざわざ寒いなか江差まで来た甲斐があった。
ところで、沈んでいく開陽丸を見て土方歳三が嘆いたとされる『嘆きの松』にはどうしても行けませんでした。というか正直いうとすっかり忘れていたんですけどね。

さて、日が暮れかけてきたのでそろそろ函館に戻ります。鴎(かもめ)島から江差駅までは徒歩約20分なのでタクシーが便利ですが、お金をケチって頑張って歩くことにしました。
とはいったものの、この日は松前で永倉新八の居住地跡を探すのに体力を消耗していたので5分ほどで疲労困憊に。でもこんな看板が目に飛び込んできたおかげで元気になりました。
 
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どこにいんねんどこに!
 
ひとっ子ひとり見当たらんぞ。誰もいないおかげでひとり大声で突っ込ませていただきました。
 
函館駅に着くと20時。チェックインを済ませ、近くの飲食店街『大門横丁』で豪華な海鮮料理をつまみ、大将や見知らぬお客さんと旅談議に花を咲かせました。
 
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明日はいよいよ一本気関門に向かいます。
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コウカ(kouka)
ライター、カメライター、漫画原作者。写真と落書き漫画を交えて文章を書くのが好き。瞬発力だけで生きている。

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