初対面なのにあだ名で呼び合うことの居心地の悪さ

どうも。突然ですが、皆さんにはニックネームはありますか?
僕にはありません。いや嘘。あるんですけど、ニックネームで呼ばれることを良しとしておりません。

理由はこっ恥ずかしいから。同様の理由で、他人をニックネームで呼ぶのも苦手なほうです。古い付き合いの友達でも、未だに苗字に「君・さん付け」で呼んでいる人がたくさんいます。

そんな性分ですから、いきなり初対面の人に「あだ名はなんですか?」と聞かれても「特にありません」と言いますし、同時に(あったらお前いろんな段階飛び越えてあだ名で呼んでくるのかよ)なんて思ってしまいます。

なんでこんな話をするのかと言うと、今年からカメラ教室に通っているのですが、そこで知り合うナウでヤングな子たちのノリがそうなんなんですよね。とにかくあだ名で呼びたがる。あだ名を決めたがる。

女性ならまだしも、男までもが、「僕はたっ君と呼んでください」「僕はミチル(仮)なんで、じゃあミチリンで!」なんて目ん玉飛び出るあだ名を自ら提案する始末で。

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女性ならまだしも、と言いましたが、「なんだお前の距離の詰め方は」という子も少なくありません。先日知り合ったあるうわ若き女性は、

「私は紗英(仮)なんで、そのままサエって呼んでください♪」
「呼び捨てでいいよ」

等と、僕からすれば段階を経て乗り越えてこそ価値を感じる心の壁を初対面から更地にするもんですから、僕は少々たじろいた後、

「呼び捨て……はちょっと時間かかるから、サエちゃんにするね」

と、至極まともかつ真摯に返答しました。すると、

「”ちゃん”いらない。今この瞬間からサエね」
「はい、呼んでみて

 

 

……ああ、なるほど。

 

彼女になりたいってことでOKですね?

 

 

 

まあ、そんな感じで、僕にとってあだ名や呼び捨てで呼び合うことは「互いに親密度を深めたことへの対価」であり、「段階を経てこそ価値を感じる行為」であるからこそ、いきなりの飛び級に居心地の悪さを感じるわけです。とはいえ、君・さん付けが定着してしまうと、それはそれで移行するタイミングが難しいのも事実。

結局、いつかこっ恥ずかしい思いをするのは変わりないということなら、最初に壁を取っ払っておくのは確かに妙案かも。

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