痴漢冤罪騒動が世間を賑わせているなか、ジャパン少額短期保険が販売する『痴漢冤罪保険』が飛ぶように売れているそうです。
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正式名称は『痴漢冤罪・被害ヘルプコール付き弁護士費用保険』といって、その名のとおりメインは弁護士費用保険なのですが、注目を浴びているのは、弁護士に助け舟を求める『ヘルプコール』という”おまけ”のほう。痴漢冤罪・被害に巻き込まれた契約者がヘルプコールを利用すると、登録弁護士に一斉メールが送信され、そのなかから対応可能な弁護士が電話等でアドバイスしてくれるというものです。
僕は、あらゆる犯罪のなかで最もみっともないのが、痴漢や覗き・盗撮の類だと思っていて、そんな情けない容疑、しかもやってもいないことで連行されるなんてまっぴら御免ですので、この保険には入る価値があると思っています。あの映画の主人公・金子鉄平もこの保険に入っていれば、初動を誤らず身柄を拘束されることもなかったのに……。って、当時はこんな保険なかったけど。
前置きが長くなりましたが、今回は、痴漢冤罪騒動をうけて久しぶりに観たくなった『それでもボクはやってない』の感想をネタバレで書きます。
2007/日本
上映時間143分
監督:周防正行
脚本:周防正行
出演:加瀬亮、瀬戸朝香、役所広司 ほか
フリーターの金子徹平は、朝の通勤通学ラッシュに大混雑する電車で就職面接に向かう際、女子中学生に痴漢と間違えられて、有無を言わさず駅員室に連行、まもなくやってきた警官に逮捕され、更には起訴されてしまう。無実の罪を証明すべく、家族や親友、元恋人らの強力を得て真実を明らかにしようとするが…… 。
無罪判決を出せる裁判官には勇気と能力がある
日本では起訴されると99%の確率で有罪になります。本作の鉄平のように、否認事件であっても約97%と、無罪を勝ち取れるのは100人中3人しかいません。
この数値についてはいろいろな解釈があると思いますが(たとえば無罪率の低さは検察の優秀さの表れなど)、作中では、裁判官は無罪判決を出すと出世に響くから出しにくい、という説明がなされています。裁判官といっても政府の一組織の人間。その個人が、同じ政府組織でお仲間でもある検察と警察の主張を退けるというのは、上に楯突いているのに近いという構図なわけです。
これを匂わせる描写として、1人目の担当裁判官・大森(正名僕蔵)が、「別件の裁判で立て続けに出した無罪判決のために飛ばされた」と噂されるシーンがありました。彼は、質問に訪れた司法修習生(よく観たら中村靖日がいる!)に、
「刑事裁判の最大の使命は無罪の罪を罰してはならないこと」
と説明しており、事実認定とは、検察官が証拠に基づき、一般的な常識に照らし合わせたうえでなにを証明したかを判定する作業であると教えています。
「そこに少しでも疑問が残っていたら有罪にしてはならない」という基本中の基本を語っているのですが、その後ろで「なに言ってんだコイツ」という冷ややかな視線を送っていたのが、2人目の担当裁判官である室山(小日向文世)でした。(ただでさえ気に入らない若造が、司法修習生相手に何をつまんない正論教えてんだ)という感じでしょうか。
鉄平が無実であることを知っている視聴者にとって、室山は検察の味方のお手本のような存在に映ります。杜撰な取り調べをした警察官の再尋問の要求をさらっと拒否したり、苦労して撮影した再現VTRを証拠として重視しなかったり。鉄平はやっていないと証言してくれた目撃者ですら、信用に値しないと切り捨てたり。まるで、「私は一人目の裁判官のように甘くはないぞ」と意地を張っているようにも見えてきます。
しかし、被害者女性の、本作においては頼りない証言だけで有罪に持っていくのはかなり苦しく、さすがの室山裁判官も無罪の方向に揺れたのではないかと僕は思います。それを思い留まらせたのが、須藤弁護士(瀬戸朝香)が最終弁論で”締め”として使った「被告人は、無罪である!」という言葉。「無罪」という言葉に反応し、それまで閉じていた目をすっと開くと、予定通り(?)の有罪判決を言い渡したのでした。
一人目の弁護士・大森が左遷されたと噂されるシーンで、傍聴オタクの一人はこう言っています。
「無罪判決を書くには、大変な、勇気と能力が要るんです」
室山に、その勇気と能力はなかった、ということなのでしょう。
個人的には、須藤の「無罪である!」はあらかじめ用意しておいた言葉ではなく、事実認定に悩む室山に対し、ダメ押し的に被せた突発的な発言だったように感じました。須藤の声が大きかったせいもあって、それは挑発のように聞こえ、無罪にも振れる可能性のあった室山は我に返ったのではないでしょうか。
鉄道会社にできることはもっとある
裁判官の器量や巧拙によって正当でない判決が下される、というのと別に、「濡れ衣を晴らするには膨大な時間と悲壮な覚悟が要る」という刑事裁判の仕組みにも問題があると思います。
初動をちょっと誤っただけで鉄平のような地獄が待っているのですから、痴漢冤罪は決して対岸の火事ではなく、自分なりの対応策をきちんと持っておきましょう。
さいごに、痴漢冤罪で得する人は犯人くらいのものなのですから、事件現場となる鉄道会社は、被害者のためにも冤罪者のためにも、もっと当事者意識を出すべきだと思います。満員電車をなくす、というのは難しいにしても、冒頭で紹介した痴漢冤罪保険のサービスのようなことは、より良い乗車環境の提供という意味で、鉄道会社が導入してくれてもいいんじゃないでしょうか。
愛知県警が作った”痴漢=即通報”の『通報系女子』も、JRが呼びかける痴漢撲滅キャンペーン(という名の「線路にだけは入んな業務の邪魔だボケ」という警告)もいいですが、鉄道会社が弁護士との橋渡役を果たせば、痴漢冤罪はもちろん痴漢そのものも減るのではないかと思います。
なお、この映画の鉄平のモデルとなった男性は、一審で有罪判決を喰らい、控訴・上告するも棄却され、有罪が確定してしまいました。これにより、「控訴します!」で終わったその後の結末をハッピーエンドに思い描くという妄想もできず、ただただ、痴漢冤罪恐ろしやという恐怖だけが植え付けられました。