エイプリルフールのネタ作りも終わり、ホッとしたのも束の間。まだまだやるべきことが山積なので、ちょこっと現実逃避で昔話でもやります。
あれは大学4回生の頃。当時のアルバイト先に、キクチさんというオジさんが入社してきました。
年齢は50代後半。前職や退職の理由など詳細は聞きませんでしたが、おそらくリストラにでもあったのだろうと推測していました。というのも、この人はお世辞にも「デキる男」とは言えず、典型的な“窓際族”のオーラを放っていたからです。
ただ、とても優しい。おっとりとした話し方で聞き手を和ませます。仕事が終わると、「お茶でも飲みに行こう」と僕ら学生を誘ってくれ、お金なんて無いくせにご馳走してくれました。
息子ぐらいの年齢である我々が可愛いのか、キクチさんは一度話し出すと止まりませんでした。しかも心底楽しそうなので、誰も「もうそろそろ…」とは言い出せず、平均2〜3時間は付き合うはめになります。こんなふうに、キクチさんは何だか憎めないタイプの人。たとえ仕事ができなくても、大学生からの人気は高かったです。
ただし、大人は違います。係長や主任からは疎まれていた面がありました。単純に仕事ができないからだと思いますが……。そのことを知っていたので、卒業を機に退職するとき、子どもながらキクチさんの今後が心配になりました。
卒業して2ヵ月ほどたった頃でしょうか。 近くで用事があったついでに、ふらっとアルバイト先に立ち寄ったことがありました。
「あ、お久しぶり!」と同期。
「お〜、元気やったか?来てくれてありがとう」と係長。
相変わらずアットホームな職場で居心地が良い。雑談を交えながら係長に近況などを報告していました。 そして、ふと、キクチさんのことが気になった僕は、何も考えず、
「そういえば、キクチさんはお元気ですか?!」
「今日は勤務日じゃないみたいですけど」
瞬時に係長の顔が曇ります。
「実は…」
「行方不明なんや」
は?
「家に電話しても誰も出えへんねん」
「何かあったんかと思って心配してるんやけど」
ピンときました。
夜逃げしやがったなあのオッサン。
気が弱すぎるゆえ、一度逃避を選択してしまうととことん逃げるタイプです。 しかし、確か奥さんも子どももいたはず……。 そんなことをするはずがないと思うも、キクチさんはしょっちゅう弱音を吐いていたので、そう邪推してしまいました。
あれからもう6年。 「元気で頑張ってや」と僕を送り出してくれたキクチさん。 アンタこそ、元気で頑張っているんでしょうか。